ジャーナル

映画館を必要としている人のために映画を作りたいし、それはこれからも変わらない

作成者: CAST+|Oct 19, 2026, 9:28:09 AM

 

19歳で自主制作した『あみこ』で映画界に鮮烈な存在感を示し、2024年には『ナミビアの砂漠』で第77回カンヌ国際映画祭・国際映画批評家連盟賞を女性監督として史上最年少で受賞した映画監督、山中瑶子氏。独自のスタイルでキャリアを積み重ねてきた、山中氏の視点から見る映画との向き合い方とは?

 

<プロフィール>

山中 瑶子(やまなか・ようこ)
映画監督

1997年、長野県生まれ。日本大学芸術学部映画学科監督コース中退。19歳で独学で制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017で観客賞を受賞し、翌年、第68回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に史上最年少で招待される。2024年、長編第1作『ナミビアの砂漠』が第77回カンヌ国際映画祭・監督週間に出品され、国際映画批評家連盟賞を女性監督として史上最年少で受賞。

わけのわからない映画を、本気で作っている大人がいることを知った時の衝撃

――映画に関心を持ちはじめたのはいつ頃ですか?

小さい頃から学校生活や集団行動に全然馴染めないなという自覚がありました。決められた通りに行動するのがすごく難しい。でも面白いのは、両親からは「みんなとうまくやりなさい」と言われたことは一度もありません。今になって思うのは、両親もそういうところのある人だったんじゃないかなって。

長く絵画教室に通っていたこともあり、中学生の頃には「美大に行く」って決めていましたが、絵で誰よりも突出しているという自信はあまり持てませんでした。やればやるほど上手くなるけど、周りの人もみんな、同じように上手くなるから、何をもって才能が突出しているのかピンとこなくて微妙だなと思っていました。

その後、思わぬきっかけで映画にハマることになります。
高校生の頃、学校近くの映画館がボウリング場と提携していて、映画の半券を持っていくとボウリングが1ゲーム無料になるというサービスがありました。数学の先生がボウリング好きで「映画を観たらその半券をください」と生徒に言っていたので、友達と5人くらいで、流行っていた三池崇史監督の『悪の教典』や、他の学園ものを見に行っては半券を渡していました。それが、映画を見始めたきっかけでした。

そのうち、みんなの予定が合わなくても一人で映画館に行くようになりました。
友達と観ているのとは違って、一人でスクリーンに向かい合っていると、外界を一時的にシャットダウンしたような感覚になりました。映画を見てるあいだは他のことを考えなくていいし。受動的といえばすごく受動的なんですけど、その時間が考えごとの助けになったり、自分と映画が重なるように感じられる瞬間も心地よかったのだと思います。

通っていた高校の近くにはミニシアターも含めて映画館が4つあったので、シネコンでは見られない昔の名作なども観るようになりました。

――映画の道に進むことになったきっかけや、影響を受けた作品があれば教えてください。

初めて「作り手」という存在を意識したのは、高校の美術の先生に勧められた、ホドロフスキー監督の『ホーリー・マウンテン』という作品を観た時でした。

本当に意味不明な映画で、「なんで先生は、これを勧めたんだろう?」と考えながら観ていました。すると、最後のカットでカメラがグーッと引いて、クルーが映り込んで「これは映画だ」ってセリフで終わるんです。「あ、そうだ、これ映画なんだ」と、まんまとやられたというか、素朴に衝撃を受けました。

自分が始終なんなのこれーって不快に思いながら観ていた映画が、世界的にはカルト映画として有名で、「大の大人が大量に関わって作りたくて作った、しかもそれが大人気」ということに衝撃を受けたんです。不快な映画だったけど、なんか豊かだな……と。それが「作り手」や「作家性」というものを意識するきっかけだったのかなと思います。

映画が完成するって“すごい”こと、でも監督が一番それを分かっていないかも

――映画作りの現場で、大切にしている価値観やスタンスはありますか?また、初めの頃と比べて変化してきたことなどがあれば教えてください。

今はまだ、一貫して何かを大切にしている、といえることは正直あまりないです。
現場のことも、ようやく少しわかってきた程度です。そもそも「監督」が一番現場のことを分かってないのでは?と思うんですよね。スタッフは、年に何本もの現場に入るから、「映画作りとは」ということに触れる時間が圧倒的に多いと思うんです。一方で、監督は自分の監督作でしか入れない。初めの頃は、現場経験がなさすぎてそれこそ“制作部”や“助監督”が何をしているのか本当にわかっていませんでした。「制作部って何してるんですか」と聞くタイミングもなく、しかも、それを聞くと失礼だと思ったので、こっそり観察して、なんとなく掴もうとしました。
現場の仕組みを分かっていないことがバレないように、分かったような顔でやり過ごすのは結構ストレスでしたね……でも、素直に聞いた方が皆のためにも良いと気づいて、「分からない」と言えるようになってからは楽になりました。

現場に集まる各役職のプロの皆さんは、それぞれが違う考え・思いを持っているわけですよね。それでも、みんながひとつの作品の完成に向かっていく過程で、不思議な磁場が発生しているように感じます。そのよくわからない不思議な磁場に向かうメンバーが、たった一人変わるだけで現場の空気がガラッと変わる。その内訳や工程を考えると、毎回新鮮に、映画ができあがることを「すごいことだな」と感じてしまいます。

映画づくりは、時間がかかって面倒なことの繰り返し。これは自分が監督を務めてみてはじめて分かりました。憧れていた頃にイメージしていたことと、実際にやってみるのとでは全く違っていて、正直「これをやりたかったわけじゃないな」と思ったこともありました。結局のところ人間関係なんですよね……いろんなバランスを求められるのは得意じゃないので、やりにくさを感じることが多かったです。でも、素直に「わからない」と言えるようになった『ナミビアの砂漠』からは、ようやくそれを楽しめるようになったと思います。
右往左往していた時期がやっと終わったような感じです。

――カンヌ国際映画祭での受賞もあり、監督として着実にキャリアを積まれています。これまで、映画作りにどう向き合ってきたのでしょうか。

不思議なことをやっているな……映画作りって、とずっと思い続けています。
どんな映画でも、どの監督の現場でも、地道なやり取りを積み重ねているのは同じなんですよね。すごく変な映画や、とんでもない僻地で作られた映画でも、“その日のスケジュールの紙”ってやつがみんなの手元に配られて、書かれた時間を意識して1シーンずつ撮っているんだ、と考えると面白い。

どんなにアートな作風の映画でも、ある程度社会性を持った人たちが集まって作ってるんですよね。常人離れした天才というイメージを持たれている監督でも、細かいやり取りをしっかり重ねていて、社会性が欠かせないのだということに気づいたときは、諦めそうになりました。

それでも続けられているのは、自分のペースでゆっくり進むことができているからだと思います。
焦って、無理にたくさんやろうとすれば「できない」が積み重なってしまうけど、私の場合は、自分の成長とともに次の課題がやってくる。だから、続いているのかなと思います。
もし、20代前半の未熟な時にもっと詰め込んでいたら、「向いてない」とすぐに諦めていた気がします。

役者には、“本人のまま”堂々としていてほしい

――俳優を選ぶ時のこだわりや、出演者とのエピソードをお聞きしたいです。

基本的にはシンプルに、見た目のムードや声、キャラクターに合っている人を選びます。『ナミビアの砂漠』では、金子大地さんと寛一郎さんのキャスティングが逆でも良かったんじゃないかという意見もありました。それも面白そうですが、見た目や雰囲気で選んだ後に、直接話して、その人自身が持っている喋り方の癖やトーンを踏まえてセリフを書き直したり、場合によっては脚本自体を変えることもあります。だから、逆にしたら必然的に脚本も変わってしまうので、ただ入れ替えても成立するような作り方はしていないです。

河合優実さんは、本読みの段階からとても印象に残ってます。声だけでも表現の幅が広いのは他の作品を観たときから感じていましたが、最初の本読みで「主人公のカナが目の前にいる」と思いました。撮影に入る前にカナの歩き方を決めたのですが、私の少ない言葉で多くを受け取ってくれて、実際にカメラの前を歩いてもらうと、「こういう人いる!」という実在感で、そういう喜びが毎日ありました。
演出で1つ言ったら10で返してくるんです。もちろんセリフは変えず、テイクごとに決まった範囲の中で少しずつ見せ方を変えてくるから、どれを使っても魅力があって選ぶのが大変でした。余裕があるなぁ、と感じました。

――俳優に求めることは、どのようなことでしょう。

私が監督として俳優に求めることは、“本人のまま”堂々としていて欲しい、ということです。「自分はこうでしかありません」って。それに合わせて私が見せ方を考えていく方がやりやすいタイプなので。カメレオンみたいに何にでもなれる人も素晴らしいけど、私の場合は、それをどう扱えばいいのか分からなくなってしまう……だから、直接会って話した時に、良いバイブスを感じる人が絶対に良いんです。
一方で、オーディションの場合は、主張がありすぎると苦手に感じる監督が多い気がします。“見て欲しい”空気や存在感が強すぎると、それ以外のところに目が行きづらくなるから。力が抜けている人の方が良い、という監督は多いかもしれませんね。

誰かの力を借りることで「自分らしさ」の枠を広げていくことができる

――今、新しく取り組んでいることがあれば教えてください。

時間をかけて進めている企画があります。国内の制作費だけでは足りないぐらいの規模感になりそうなので、国際共同制作を目指しています。この一年ぐらいはシナリオハンティングと言って、シナリオを書くために現地に行ってフィールドワークをしたり、いろいろな人に会って取材するということに取り組んでいました。

この作品では、初めての「共同脚本」という形をとっています。
誰かの力を借りた方が自分の良さが出せるかも?と気づいたのは『ナミビアの砂漠』がきっかけです。当時、執筆時間が少なくて、自分ひとりの脳で絞り出せたとしても整理するのが難しかった……それで、筆が止まったらプロデューサーに相談してアイデアをもらい、周りの人にも意見を聞きながら書き進めました。結果、自分ひとりでは出せなかった感情や行動を、作品に反映することができました。私はどちらかというとワンマンで抱え込むタイプの人間でしたが、『ナミビアの砂漠』では人を頼らざるを得なくなり、脚本に限らず現場でも意見をもらって進めることになりました。映画が完成して「山中さんの映画ですね」と言われることが多かったので、どれだけ人を頼っても「自分らしさ」が出ることがわかって、良い経験になりました。

――これから先、撮りたい作品のイメージはありますか。

今後は、集団や複数の人が登場する、組織を扱った大がかりな映画を撮ってみたい――。
でも、それにはお金がかかるし、コミュニケーションを取る相手も増えるので、今まで考えてきた範囲とは全く違いますね。

また自主映画を撮りたいか、と聞かれることもありますが正直分かりません。
商業映画での不都合を感じるところまで本数を撮っていないので、とにかく今の環境で何がどれだけできるのかを試してみたいと思っています。

観たい人が気軽に映画館で映画を観られる、ということの意味

――映画館で映画を観る、ということについて思うことはありますか。

どんなに配信が盛り上がっても、映画館を必要としている人がいて、私はその人のために映画を作りたい、というスタンスです。度々、配信作品への興味について意見を聞かれますが、配信に乗ることを意識して映画の作り方を変えるつもりはないです。映画のサイズ、スクリーンサイズを意識して映画を作るのが本来の在り方なので、そこは変えたくないと思っています。
ただ、シンプルに映画館の料金が高すぎるという問題によって、映画館に行かない人が増えたり優先度が下がるとなれば、それは話が違ってくるかな……。

私ですら「この映画に2,000円も払いたくない」と思うことがありますからね。
自分が厳しい目で見てしまうからこそ、作り手としてはすごくプレッシャーです。しかも、映画は企画から公開までに最低でも2〜3年かかるから、公開した時の世の中の変化や受け取られ方が予測できないというのも難しいところです。

とにかく2,000円払う価値のある作品を作らなきゃ、と思うのと同時に、仕組み自体も変わって欲しいんですよね。映画が「余裕のある人だけのもの」になってしまうことを、心から危惧しています。敷居が低いというのは大事なことなので、どこからでも見られるってことも大事にしたいなと思いますね。

ただ、こういう状況の中でも、映画はいろいろな業界に良い影響を与えられるものだなと気づくことがあります。例えば、ファッション業界の方が見てくれていたり、漫画家さんにも映画好きな人が多いと聞きます。映画館の中だけで閉じることなく、多様なジャンルの人たちに良い影響を与え合えられるんだっていうことに気づけたのは、最近嬉しかったことの一つです。

「本当にこれで全部ですか?」まだ見ぬ才能にも出会いたい

――キャスティングの現場で感じていることや、CAST+に期待することはありますか。

作品の中身についてもっと話したいのに、業務的な中間のやり取りが数多く発生して煩わしく感じることがあります。あとは、オーディションなどでたくさんのプロフィールを見る機会に、「こんな人いたんだ!」と気づくことです。例えば、過去の出演作にテレビドラマの実績が豊富な方に、実際に来てもらってお芝居を見ると「すごくいいじゃん!なんで映画に出てないの?」って思う。多分、本人のキャリアがテレビドラマばかりだから、映画の人に見つかってなかったんだな……と。ポテンシャルもやる気もあるのに、こっちまで情報が来ない。

私が作っている映画のキャスティング会議で名前が上がってくる人は、本当に限られていて、実際はもっといるんじゃない?っていうのはよく感じています。
タレントの検索サービスでもそうですね。「30代女性」で検索しても「本当にこれで全部?」って。シンプルに、見た目・姿形の説得力はとても大事だと思うので、身長とか雰囲気でパッと一覧で出してくれるとありがたいですね。

目指していることに一点集中ではなく、自分の心地良さも大事にして欲しい

――若手の俳優や制作者に伝えられることはありますか?

目標があると、闇雲にそこに向かって一直線に進んで行かなきゃ、というイメージを持つと思うんですけど、私は、実はそうじゃない気がしていて…。

目標以外の人生の他のパート、例えば、生活とか恋愛とか友人関係とか。その居心地の良さを大切にしたり、無理をしないで続けていくことが、良い結果につながっていくと思うんです。私は、売れることがモチベーションではなく、自分がいいと思うものを、居心地のいい環境で作りたいっていうことを大切にしてきました。
とか言うと、「山中さんは才能があって、あまり挫折してないからね」って言われるんですけど、正直、自分にも余裕がなくなった時期はありました。

コロナの時、映画を見ること自体に疲れて、本も読めなくなって、受け身な姿勢を取らざるを得なくなりました。その時は、料理をしたり海外ドラマ『ブレイキング・バッド』を見続けていましたね。シリーズものの長いドラマは、一度ハマれば見きることに集中して何も考えなくていいので気楽なんです。それで、最終的に元気になりました。

その頃は、映画と関係ないことをすると逃げているような罪悪感があったから、意味のあることをしなきゃと思った結果がそれだったんですけど(笑)。今だったら、映画に関係のない友人と飲みに行って、その人の話を聞いたりするのも好きかも、と思います。

私は、目指しているもの・やりたいことがあるだけで、すごく恵まれていて幸せだと思ってしまうところがあります。いま、「世の中は不況で夢が持てない」ことが前提になりつつあるので。そんな中で、何かを目指す熱いパッションがあるだけで、自信を持っていい。
だからこそ、無理しないで、自分自身の心地良さを大切にして続けて欲しいと思います。

 

 

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※本記事はCAST+編集部が山中瑶子監督へ行った直接インタビュー取材に基づき作成した情報提供コンテンツです。
※掲載されている経歴、受賞歴、作品情報、出演者情報は取材時点の公表事実に基づくものです。
※記事内の発言内容や作品解釈は監督個人の見解であり、特定の団体・企業の公式な見解を示すものではありません。