ジャーナル
2025年09月10日配信

『平成仮面ライダー』シリーズをはじめとする特撮作品に革新的な手法を取り入れ、新たなファン層を開拓してきた東映のプロデューサー、白倉伸一郎氏。近年はキャラクタービジネスの海外展開も推進するなど、日本のエンタメ業界の最前線に立ち続けています。白倉氏の視点を通して見る、エンタメ業界のこれまで・今・これからとは?
<プロフィール>
白倉 伸一郎(しらくら・しんいちろう)
東映株式会社 上席執行役員(キャラクター戦略部担当 ドラマ企画制作部ヘッドプロデューサー)
1965年、東京生まれ。90年、東映に入社。プロデューサーとして『仮面ライダーアギト』『仮面ライダー555』などを手がけ、『平成仮面ライダー』シリーズの成功に貢献する。近年のプロデュース作品に『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』『仮面ライダーBLACK SUN』『シン・仮面ライダー』『仮面ライダー555 20th パラダイス・リゲインド』『ボルテスVレガシー』など。キャラクタービジネスのグローバル展開にも注力する。
――プロデューサーとして長年第一線で活躍されている白倉さんですが、新人の頃はどんな志を抱いていたのでしょうか?
当時は若さゆえに青臭い考えを持っていましたね。日本のドラマや映画はアメリカをはじめとする海外に見劣りがすると感じていて、どうすれば負けない作品をつくれるのか、そればかり考えていました。
私が東映に入社した1990年頃、アメリカでは『ER緊急救命室』や『ビバリーヒルズ青春白書』といった、スター俳優による主役がいないノンスター型の群像劇の潮流が始まっていて、それがすごく羨ましかったんですよ。
当時の日本は完全なスターシステムで、数字がとれる主役を立て、このキャストなら恋愛もの、事件もの、という流れで企画をつくっているように見えていました。この仕組みが日本の作品のバリエーションを狭めていると思っていました。
昔ながらの手法ではないドラマづくりを模索し、その試みの一つが『仮面ライダーアギト』(2001年)です。3人の仮面ライダーを登場させ、それぞれの物語を描く群像劇的な手法に挑戦しました。続く『仮面ライダー龍騎』では、メインの2人に加え11人の仮面ライダーを登場させています。要は、仮面ライダーという「個人」とショッカーという「組織」が対立する従来の構造をバラしちゃったんですね。
民放のゴールデンタイムでは難しくても、日曜朝の子ども向け枠なら新しい挑戦ができるのではないか。そう踏んでやってみたところ、「日曜朝に何やら変な実験作品が放送されている」というので業界から注目されるようになり、ほんの少しなりとも日本のドラマづくりに影響を与えられたのではと思っています。
――キャリアの転機となった出来事はありましたか?
30代でテレビ朝日に出向したことですかね。入社以来ずっと制作会社のプロデューサーをしていますが、この2年間だけはテレビ局のプロデューサー、いわゆる局Pを経験しました。このとき、同じプロデューサーでも制作会社とテレビ局ではこんなにも考え方が違うのかと、びっくりしたんですよ。
制作プロデューサーにとってドラマは「作品」だけど、テレビマンからすればドラマもニュースも天気予報も同列で、番組編成の選択肢の一つに過ぎない。考え方が根本から違うんです。
それまで私は、局Pを「とんちんかんなことばかり言うなぁ」と思っていましたが、「なるほど、彼らはこういう視点で見ていたのか」と腑に落ちました。テレビ局を通じて東映以外の制作会社とも関わり、人や立場、会社によって、いろいろな考え方、文化、システムがあることもよくわかりました。
東映という「井の中」にいては得られない視野を得られたーーと言えば聞こえがいいですが、実際は「もうどうでもいいや」という境地になりましたね(笑)。外に出てみて東映の良さも、東映のやり方がすべてではないこともわかった。かといって他社のやり方が正解なわけでもない。「正解がないならこれから正解を作ればいい」と割り切れたことが、今の私のベースになっています。
――数々の名作や才能あるクリエイターと出会われる中、ご自身にとって「運命を変えた出会い」はありましたか?
それこそ『仮面ライダーアギト』等の脚本を手がけた脚本家・井上敏樹さんとの出会いです。最初に本格的に組んだのは、1996年の『超光戦士シャンゼリオン』。徹夜でプロットを練りあげる日々を共に過ごし、図らずも井上さんの思考法を学んだことが、のちのち、大きな助けとなりました。
その思考法とは、ありとあらゆる可能性を検討し、「これしかない」と確信できる唯一の正解を見つけ出すというもの。そうして上がってきた「井上本」は、監督やプロデューサーがおいそれと手を加えることはできません。ギャグシーンひとつに至るまで緻密に計算されていて、すべてが精緻に噛み合っているから、一部変更すると全体が崩壊してしまうんです。
私はこの計算を組み立てるメソッドを井上さんから学びとり、ドラマの企画づくりの参考に取り入れてきました。まず、売上目標や予算、作品の方向性、キャスティングなどの条件をすべて洗い出し、そのすべての条件を満たす企画を見つけるまで、ありとあらゆる可能性をひたすら考える。どんなアイデアでも条件を一つでも欠いていたら却下し、粘り続けるのです。
この条件システムの一番の利点は、自分たちが思ってもみなかった企画が生まれることです。そのいい例が『仮面ライダー電王』。電車がタイムマシンになる設定なんですが、諸条件をすべて満たす企画を三日三晩みんなで考えた結果、恐竜時代でも戦国時代でもなく「昨日にタイムスリップする」という、地味すぎて誰も思いつかない企画ができあがりました(笑)。
――仮面ライダーシリーズは、今や若手俳優の登竜門といわれています。これまで多くの才能を発掘してきたご経験から、若手俳優を「育てる」側としてのやりがいや難しさを教えてください
新人俳優を起用する一番の理由は、仮面ライダーが若者たちの物語だからですが、それとは別に、ベテラン俳優のスケジュールを1年間拘束するのが難しいので、新人を起用せざるを得ない制作事情があります。
新人ならではのフレッシュさが作品の大きな魅力になる一方、演技経験のほとんどない俳優を育てていく難しさも伴います。たった一言のセリフが言えなくて何十テイクも撮ったり、向こうからカメラに向かって歩いてくるだけなのに真っ直ぐ歩けなかったり。「ど」がつく新人とは、こんなこともできないのだとたびたび思い知らされる。
そんな中で印象的だったのは、多ジャンルの作品を幅広く手がけている田﨑竜太監督の言葉です。監督として大きなやりがいを感じるのは新人と向き合うときだと話されていました。
ベテランは放っておいてもクオリティの高い演技をしてくれるから楽だけど、新人は自分が手をかけないと何もできない。水をやり肥料を与えることで芽を出し、花を咲かせていくのを見るのが我がことのように嬉しいのだと。なるほど、新人の育成にはそういった側面もあるのだなと思いました。
――ご自身のキャリア初期と比べ、今の映像・エンタメ業界で大きく変化したと感じる点は何でしょうか?
現象面での大きな変化はスマホです。もう、みんながスマホを見ている。かつては「お茶の間」のテレビが人々の余暇時間の中心にありました。その画面をめぐってテレビ、ゲーム、ビデオが競い合い、テレビの最大のライバルはゲームでした。今はその次元ではなく、人々の「隙間時間」をいかに獲得するかの熾烈な競争で、映像としてのテレビのライバルはショート動画になっています。
映像と視聴者の距離の変化も大きいです。テレビでは画面と視聴者の距離が2mはあったのが、スマホの登場によって数十センチに短縮。画面も手のひらサイズに縮小し、いつでもどこでも持ち歩いて視聴できるようになりました。映像が生活に溶けこみ、パーソナルな体験になるにつれて、映像表現やコンテンツの提案の仕方も変化しています。
――若手の俳優やクリエイターに求められることも変わってきているでしょうか?
それもあるでしょうね。たとえばこの業界では昔、「映画と演劇をたくさん観てその違いを学びなさい」と言われていたそうです。映画はカメラワークやカットごとに被写体との距離が変わり、舞台では観客はずっと同じ距離感、同じステージを見続ける。両者の演技はまったく異質であり、だからこそ「演技の本質は何か」、表現者たちは問い続けたのです。
それが今、映画と演劇どころか、映画とテレビ、テレビとYouTube、YouTubeの縦型動画と横型動画というように、さまざまな違いが生まれています。映像がこれだけ多様化する中、演技という観点から、メディアや視聴者のモードによる違いをどう捉えるか。漫然と動画を見るのも良しですが、表現者にとっては、考え、研究する余地がこれまで以上に広がっているのではないでしょうか。
――撮影現場の人手不足や、属人的なキャスティングの課題に対して、CAST+のようなプラットフォームに期待することがあればお聞かせください
一つはもちろん、DXによる省力化と効率化です。キャスティング業務の労力は膨大で、とくに新人俳優のキャスティングは資料集めに事務所とのやりとり、オーディション準備などに追われます。エクセル入力のような非効率な作業も多い。その改善ができれば現場の大きな助けになります。
そして何よりも期待しているのが「出会いの創出」です。私たちは、すでに配役が決まっていてもオーディションを行うことがあって、それはなぜかというと、知らない俳優と出会いたいからなんですね。そこで個性やスキルが光る人に出会えたら、進行中のドラマのゲストとして配役したり、別の機会にお声がけしたりすることもよくあることです。
現状、オーディション以外で俳優を発掘するには、映画やYouTube、舞台を数多く観る、事務所のイベントに足を運ぶ、タレントのデータが集約された情報媒体を見るーーといった地道な方法しかありません。それくらい、この業界に長くいても俳優と出会う機会は限られています。
対面でもビデオクリップでも、どんな形でもいい。望むのは、CAST+のようなサービスによって、私たちがまだ知らない才能や個性に出会えることです。
――世界的な配信プラットフォームの普及などにより、日本の作品もますますグローバルに広がっています。日本のエンタメ業界の未来について、どのようにお考えですか?
私たちも日本の実写コンテンツを世界へ届けたいと考えていますが、そこにはジレンマがあります。日本の映像作品は、国内市場に向けて独自に発展してきました。ガラパゴスゆえの良さがある一方で、俳優のオーバーアクトや説明過剰なセリフといった日本独特の表現が世界スタンダードと合わず、グローバル展開の壁のひとつとなっていると聞きます。
日本の表現が世界に通用しないのは、日本が単に世界を知らないからという面もあります。世界を知ったうえで取捨選択し、「これが日本の表現だ」と確信できるものをつくりあげ、世界に発信するのが理想。それは日本を高めることにつながりますし、シュリンクしていく日本のマーケットで生き残りをかけるより、「世界を舞台に暴れてやろう」くらいの大きな夢を持つほうが面白い。そのためのグローバル化の旗は、私も大きく掲げていきたいです。
――最後に、若手の俳優・製作者にメッセージをお願いします
コロナ禍の巣ごもり需要を機に日本のアニメが世界に飛躍し、日本のエンタメがかつてなく世界から注目されているのが現時点。これから日本のエンタメが世界で大きなウェイトを占めていく、その始まりに私たちは居合わせています。
野茂さん、イチローさん、大谷翔平さんらがアメリカの大リーグで活躍し道を切り拓いたように、渡辺謙さん、真田広之さんに続き、日本の俳優が世界で活躍する機会も増えていくでしょう。ただ、みんなが外に出てしまうと日本のエンタメが寂しくなるので(笑)、日本に軸足を置きつつ世界に名を轟かせるビッグな俳優が、次々と誕生する日を心から待ち望んでおります。